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不合格体験記苦手科目の数学から逃げ続け、負のループへ陥ってしまったS・Hさん(千葉・日本大学習志野高校卒)●不合格大学/弘前大学(医−医)私が志望大学に合格できなかった最大の理由は「自分に甘かった」ということだと高校生の自分を思い返して感じる。具体的にどんな所が甘かったか考えてみると、①復習の怠り②苦手科目からの逃げ③スマホの誘惑だ。まず一つ目は、塾で授業を受けたままサラッと目を通すだけで復習を終わらせてしまったり、模試を受けたことに満足してしまい、解き直しの徹底ができていなかった。そのせいでどこかでやったことがあるのに分からないということが多くなってしまった。二つ目は、自分の苦手科目である数学の演習量が圧倒的に足りていなかった。苦手だから、難しいからと何だかんだ言い訳を重ねて数学から逃げ続け、一時期は数学を全く勉強しない時もあった。当然のごとく数学の知識はどんどん抜けていき、問題を見てもさっぱり分からずまたやる気がなくなってやらない…と負のループへと陥ってしまった。三つ目は、勉強の合間に休憩として10分だけスマホを見時間も見たり、友達とのメッセージのやりとりに時間をかけ過ぎていた。今日はとりあえずやらなくていっか、明日やろう、今日は結構頑張ったからスマホを長く使っちゃおうかなとやりたくないことから目を背け、自分の目先の利益を優先した結果、学力は少ししか伸びず、自分がやらなかったせいだと分かっているのに、焦りや不安から親に反抗してしまったり、自分の現状を素直に受け入れることができなかった。今回はこの反省を活かして、見直しVODなどを使って、復習を徹底すること、苦手科目は焦らず解ける問題から一つずつコツコツこなすこと、メリハリをつけてスマホを使うこと、予備校に通わせてくれている親に感謝し、素直に意見に耳を傾けることを意識して自分を律し、志望大学に合格できるように頑張りたい。(原文のまま)―1―

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不合格体験記父や母のしょんぼりした様子を見て胸がチクチク痛んだT・Aさん(東京・日比谷高校卒)●不合格大学/東京大学(理科一類)防衛医科大学校(医−医)3月11日の昼頃、合格発表の時刻はもう過ぎたと分かっていても、結果を知るのが怖くて、なかなか見ようとはしなかった。恐る恐る蓋を開けたが、不合格だった。正直、厳しいかなとは思っていたが、現実を受け止めた時は残念だった。母や父のしょんぼりした様子を見て、胸がチクチクと痛んだのを覚えている。(結果よりも、こっちの方が自分には堪えた)今になって、受験生として何がダメで何が足りなかったのかを振り返ってみると、一番大きな点は、タイムマネジメント、スケジュールの不徹底だったと思う。模試や受験までの日数を逆算し、いつまでに何を終わらせるのかをはっきりと定めるべきだったと思う。昨年は、これらをせずに勉強をし、模試前になって、「あーぁ。化学の〇〇の範囲、間に合わない。やる気失せるな」と言っていた自分、復習の時間をきっちりと設けず、試験中、「あれ、見たことあるけど、どうやって解くんだっけ。そもそも、△△ってどう導出するんだっけ」と手間取る自分をよく覚えている。加えて、確立した生活習慣を過ごせなかったことが挙げられる。睡眠不足が原因となって、昼の勉強に熱が入らず、そのままダラダラしてしまうことがちょくちょくあった。その日の気分にまかせた勉強の仕方では、着実な進捗を保つことはできなかった。今年の受験生としての目標は、二つある。一つ目は、スケジュールに則った勉強をすることだ。これにより、模試前に慌てることなく、普段通りのペースで学習し、普段通り試験に臨みたい。二つ目は、規則正しい生活を送ることだ。しっかりとしたタイムマネジメントでやる時はやるだけやり、遊ぶ時はメリハリをつけてこれからの受験生生活を送りたい。来年の今頃、よくやったと言える自分でありたい。(原文のまま)―2―

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不合格体験記「どこかに受かるだろう」という甘えが受験の敗因K・Sさん(東京・巣鴨高校卒)●不合格大学/大阪大学(基礎工−情報科学)慶應義塾大学(理工−学門B)「不合格」、それは受験生たるもの必ず視野に入れておくべきものだ。周りが本格的に勉強を始めた高3の夏、私は机に向かうだけでまったくもって意義のない天王山を過ごした。そこから共通テストまでのらりくらりと本腰を入れた勉強をしなかった。そこには「どこか必ず引っかかるだろう」という甘えがあったのだ。志望校を低くした訳ではないのに。受験へのサポートの手厚い進学校に居たが故かもしれない。いずれにせよ、共通テストはこけてしまい、合格を望んでいた大学は全て落ちてしまった。この「どこか受かるだろう」という甘えによって引き出された受験の敗因が二つある。一つ目は言わずもがな、携帯だ。もう高3の夏から取り上げてもらうべきだったと後悔している。特にSNSだけでなくゲームにもはまっていたので携帯のスクリーンタイムはひどい有り様だった。受験期の携帯は生活習慣に悪影響を及ぼす。夜遅くまで起き、何をやっているのか分からない夜を過ごし、朝は起きれない。こんな悪習慣をしていて受かるわけがないのだ。二つ目に先延ばし癖である。英語が得意で数学と理科が苦手な私はよく数学ではなく英語を勉強していた。解ける、分かるという事は大変心地良いが、私の場合分かるための努力を嫌い、数学と理科を先延ばししてきた。理系で理工学部を目指すのに英語だけ特化して他科目を先延ばししていたのだ。またこれは勉強面ならず生活面にも表れる。やらなくてはならない嫌な事を行わないで全て先延ばしにする。実際、勉強しないで他の事をする、これは先延ばしに他ならない。「どこか受かるだろう」という甘えがなくなったものの、これらの敗因はまだ自分に残ったままなので、北予備で携帯、先延ばし癖、全ての悪習慣を断ち切ってこの1年本気を出す。(原文のまま)―3―

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不合格体験記ミスを正当化して次はいけると根拠のない自信を持っていたN・Aさん(東京・竹早高校卒)●不合格大学/千葉大学(園芸−緑地環境)上智大学(理工−物質生命理工)私はこの大学受験というものを甘くみていた。高校受験とは違い、全国大会のようなもので、皆が解ける問題が解けていなかったら落ちてしまう。ここで私が今年の大学受験で誤ってしまった行動をあげていく。自分は理系志望にも拘わらず、高校1年生の時から数学が苦手なまま入試本番を迎えてしまった。苦手なことは分かっていて受験期も数学に時間を費やしていたが、基礎や公式暗記などを怠り、応用問題が解けるようになりたい一心から応用問題ばかりに手を出してしまった。基礎が大事なことに気がついたのも受験直前で、高校1年生の時から基礎を大切にしていたら違う結果になっていたと思う。また、自分が得意だと過信していた英語も難関大学受験生の中では高い成績は残せていなかったと思う。苦手な数学に時間をかけて、得意な英語は今までやってきた参考書の復習を直前にまたもう1回すれば何とかなると思ってしまったことも敗因の一つだろう。また、模試などを受けた後に見直しはしていたものの、成績表が返却された時にそれを自分の内でとどめてしまったことだ。成績を見てこのままではまずいと思えば良かったものの、計算ミスをしたから、マークがずれてしまったからなど次第に言い訳を考えてしまう自分がいた。自分を正当化して次はいけるだろうという何の根拠もない自信をもってしまった。自分の取ってしまった点数や成績は何をしても変えることはできないため、素直に受け止めて言い訳をしないことが大切だと思った。言い訳をして成功している人は周りにいないので、余計に実感した。浪人をするという選択肢が今までなかった私は今、自分の第一志望である国公立理系に向けて精進している。1年後の栄光に向けて基礎を大切にしながら1日1日勉学に向き合っていきたい。(原文のまま)―4―

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不合格体験記基礎を固めずに演習に手を出してしまったU・Aさん(京都・龍谷大学付属平安高校卒)●不合格大学/鹿児島大学(共同獣医−獣医)北里大学(獣医−獣医)私が大学受験に失敗した理由は主に三つあります。まず一つ目は授業を軽視していたことです。二つ目は基礎を固めず、演習に手を出していたことです。三つ目は失敗を恐れ、授業へ積極的に参加することや先生に質問することをしなかったということです。一つ目の授業を軽視していたということについて、私は高校入学時、学年内でも上位の成績を収めていました。そのため、予習も復習もしたことがありませんでした。その結果、当然成績は下がっていくばかりでした。このような生活を変えるため、北予備サイクルで授業を第一に考えていくことを決めました。次に二つ目の基礎を固めず演習に手を出したという点です。私が受験勉強を本格的に始めたのは部活を引退した高校3年生の7月です。この時点で周りの人から遅れを取っていたのですが、まだ公式すら覚えていないという状況でした。そこで焦らずに基礎を固めるべきでしたが、周りの友人達が演習を始めていくことに流され、演習に手を出してしまいました。そこで分からない問題しか出てこない状態で半年引きずっていました。この点が三つ目の失敗を恐れていたということに繋がります。周りから遅れを取り、焦りしかなかった私は周りは分かっているのに私だけ分からないということを恥じていました。そのため、演習に手を出しても分からない問題を質問しませんでした。結局、分からない問題は分からないまま過ぎていきました。これらが私の不合格の主な原因です。反省を1年間忘れることがないように強く心に刻み、来春は大学生になるために精進していこうと思います。授業を最優先して、失敗を恐れず、背伸びもせず基礎固めから一歩一歩前に進むことを常に意識していきます。(原文のまま)―5―

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不合格体験記「どうせ落ちるなら勉強なんてしたくない」と完全に諦めていたI・Kさん(兵庫・神戸大学附属中等教育学校卒)●不合格大学/琉球大学(医−医)神戸大学(医−医)高校時代、私は部活動をはじめ、コーラス部の有志男子や文化祭の企画リーダーなど学校の活動に全力で取り組んでいた。どの活動もとても楽しく、興味を持って取り組んでいた。しかし、勉強と両立することは難しかった。塾に通ってはいたが、時間がないので、宿題は答えを丸写し、授業もノートにひたすら板書を写すということを続けた。もちろん、完全に落ちこぼれてしまっていたが、それでも「自分は学校活動で忙しいから」と勝手に言い訳をし、正当化していた。学校でも、中学の頃は学年上位だったが、気づけば平均を下回るようになり、周りのイメージと現実のギャップに苦しんだ。こうして、自分に自信がなくなり、勉強をすることが嫌いになった。勉強から逃げる方法ばかり考え、受験について考えるといつも、「どうせ落ちるなら勉強なんかしたくない」と完全にあきらめていた。ここでまた、自信を失う、といったように、負のスパイラルが完成し、精神的にも辛かった。結局そのスパイラルを共通テストや二次まで持ち込み、試験中ですら合格をあきらめていた。そのため、不合格でも悔しくなかった。精神的に幼稚だったのだ。続いて、勉強面について書く。現役時代、私は授業を受けることで精いっぱいで、授業を受けただけで分かった気になり、満足していた。予習や復習も十分に行っていなかった。また、私はプライドが高く、人に質問することを恥じていた。自習の際は音楽を聴きながら勉強しており、所謂、「ながら勉強」をしていたので理解度も低かった。結果、基礎は常に貧弱で、これも先述の負のスパイラルにつながっていった。このままでは大学に受からないどころか、人として腐ってしまうと考え、自分を根本から変えるため、捲土重来を期し、北予備の門を叩いた。この1年で決意を新たにし、第一志望に向かってあきらめずに最後まで粘り強く取り組むことをここに誓う。(原文のまま)―6―

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不合格体験記模試や講習を受けても復習せず放置。お金と時間の無駄だったT・Kさん(兵庫・甲陽学院高校卒)●不合格大学/山形大学(医−医)産業医科大学(医−医)不合格の要因の一つ目は、大学受験を軽視していたことだ。何となく合格するのではないかという甘い考えを抱え続けて受験を迎えてしまった。一生懸命勉強していても落ちる人がいるのだから、勉強していない人が合格するはずがない。現実はそう甘くはないことを知った。自信を持つことは大切だが、受験当日だけで良い。要因の二つ目は、復習を一切しなかったことだ。定期テストや模試を受けても見直しをせずにできない所を放置、夏期講習や冬期講習を受けるだけ受けて放置。客観視すればお金と時間の無駄だと気づけるのだが、当時の自分は焦っていると知らずに焦っており、できない問題と向き合うのが面倒で怖かったのだと思う。また、それは中学生時代からの習慣で放置することが当たり前のことになっていた。正面からできなかった問題と向き合って、一つひとつできるようにしていき、忘れても見直せるようにノートにまとめておくことが必要だった。毎日コツコツと積み上げていかなければならない。要因の三つ目は理科ができなかったことだ。本格的に勉強するようになったのは高3になってからだ。数学や英語とは違い、なじみのない教科だったため逃げていた。早く固めるべきだった。四つ目は周りの目を気にして先生に質問しなかったことだ。自意識過剰になっていたし、授業料を払っているのだから質問しないともったいない。五つ目は計画や目標を上手く活用できなかったことだ。達成できなかったら諦めてやめてしまっていた。毎日10分くらい時間を割くことでモチベーションにもつながるし、受験を身近に感じられる。六つ目は一番重要なことで自分の為に勉強できなかったことだ。先生や親に怒られない為、周りに良く見られたいから、などと幼稚な理由で勉強していた。勉強する理由は医学部に合格して医師になりたいからであり、医学部に入るまでは自分の為に勉強するのだ。この気持ちを忘れずに10ヵ月程で受験を終わらせる。(原文のまま)―7―

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不合格体験記苦手科目から無意識に逃げ、好きな科目ばかり勉強していたS・Nさん(岡山・岡山白陵高校卒)●不合格大学/福岡大学(医−医)愛知医科大学(医−医)私は昨年の大学入試において、志望していた医学部医学科では、すべて合格の切符を手に入れることができませんでした。今回、この不合格体験記を通して、なぜ合格を掴み取ることができなかったのかという原因と、この経験を経て、今後どのように行動していくべきなのかを分析していこうと思います。私が不合格を取ってしまった原因は主に三つあると思います。一つ目は、圧倒的な演習量の足りなさ。今思えば私は、学校の授業においての予習復習を怠っていたとともに、自らテキストをやろうと思って始めたものは長続きせず、結局放置していました。志望校の赤本を解くにしても、その大学の傾向を分析するところまでは何回も解きつぶしていない状態でした。これでは、他の受験生に比べて圧倒的に演習量が足りなく、入試においての応用問題が解けるわけがありません。二つ目は、苦手科目から逃げていたこと。苦手だった数学や物理などから無意識に逃げ、好きだった英語や化学ばかり勉強していました。分からない問題や解けなかった問題を放置していたのが一番の原因ではないかと思います。三つ目は、長い間現実逃避をしていたことです。頭の中では、もう時間がないと分かっていても、「まぁ、なんとかなるやろ」と、現実から目を背け、自分の甘さを断ち切ることができませんでした。もちろん現実はそう甘くなく、基礎も完璧に完成していないまま、受験を迎えることになりました。この経験を通して私は、残念だったと思うだけでなく、次に活かしていきたいと考えています。今後は、日々の予習・復習はもちろんのこと、自分に圧をかけて演習量を増やしていくと同時に、しっかりと自分に向き合い、分からない問題はその日のうちに質問に行き解決をする。将来の未来像を常に考え、何をすべきか考えて行動することをここに誓います。(原文のまま)―8―

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不合格体験記「落ちるべくして落ちたな」身にならない勉強ばかり続けていたI・Sさん(広島・広島大附属福山高校卒)●不合格大学/京都大学(工−地球工)北海道大学(工−環境社会工)僕は今年京都大学に落ちました。もちろん勉強一心で1年を過ごしましたし、問題が全く解けないという訳ではありません。ただ今思うのは、「落ちるべくして落ちたな」ということです。1時間早く学校へ行き自習、昼休みは図書館へ行き自習、放課後は塾で授業を受け22時に家に帰る。学校でも塾でも勉強する時間だけは取れていました。だけどそれだけでは意味はなかったのです。自分を過信していたのです。一度やったら分かると。一度授業を受けたら分かると。確かに自分は要領が良く聞いたらすぐ理解はできます。けれど実際自分に叩きつけられた現実は、「分かるけどできない」でした。よく、分かるとできるは違うと言われます。そのこと自体は知っていました。ただ、できるようになったと思っていたのです。これが僕の過信です。1問が解けるようになって、数百問が解けるようになる。これが理想的な勉強というものだが、1問が解けるようになってせいぜい数問が解けるようになる。これが僕の勉強でした。結局のところ僕は復習を怠っていたのです。他にもやらないといけないことがたくさんあったから、予習で手いっぱいだったから、色々な言い訳が思いつきそうだが、それこそ僕の過信によるところが一番大きいと思う。根拠のない自信から復習を怠り、身にならない勉強ばかりを続け、応用が効かない。解けるようになるためには多くの問題をひたすら解く必要があった。だから勉強はたくさんしてる、でもできない。まとめてみるとこうである。これが僕の言う「落ちるべくして落ちたな」である。幸運にも自分の過ちに気づけ、予備校と寮で、勉強するにはうってつけの環境の中にいる。一度大きな挫折をした人は人間的に強い人になれる。この1年は無駄ではない。来春こそは合格をつかみ京都大学の門をくぐる、そう宣言すると共に不合格体験記を終える。(原文のまま)―9―

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不合格体験記「不合格体験記」を読んでいたのにも拘わらずスマホを触り続けたI・Hさん(広島・ノートルダム清心高校卒)●不合格大学/広島大学(医−医)宮崎大学(医−医)私が昨年合格できなかった理由はいくつも挙げることができる。その中でもスマホの使いすぎが原因で夜遅くまで寝なかったことや計画をあまり立てずに勉強してしまったことは特に不合格という結果に大きく影響を及ぼしていたのではないかと思う。私自身、去年学校から「不合格体験記」の冊子を配られた。その際、多くの受験生がスマホについての後悔を述べており、自分も気をつけようと思っていた。しかし、受験が近づくにつれ今の学力と志望する大学に入るために必要な学力の差が思った以上にあることに気がついた。夏休みまでは模試の結果が悪ければ復習をして次は頑張ろうと楽観的に考えていたが、時間が無くなるにつれ焦りや不安が大きくなっていった。そしてその結果、気分転換のため、音楽を聴いて気分を上げるため等と理由をつけてはスマホを触り現実から目を背けてしまうことが多くなった。今思えば秋から冬にかけてのあの時期が今まで間違えていた部分を見直すラストチャンスだったのではないだろうか。また、私は計画を立てることが苦手で、気分で勉強する教科や範囲を選ぶことが多かった。その結果、苦手な分野の問題を解く→落ち込む→得意な分野に長時間取り組む、というやり方で勉強することが多くなった。特に共通テスト後は、受かる可能性なんて無いだろうと考えて好きな分野のみ解いてしまうことも多かった。諦めモードを脱して苦手分野を解く時もこの問題は二次では出ないだろうから、とある程度線引きをしながら解いてしまった。本番の入試では直前期に時間が無いし、出ないだろうからと捨ててしまっていた単元が大問1個分出題され点を大幅に失ってしまった。計画を立て、全ての苦手分野を見直しておけば良かったと後悔した。今回は去年の行いを反省し、自信を持って本番の試験に臨めるよう頑張りたい。(原文のまま)―10―

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不合格体験記不摂生により、結局勉強時間を潰すことに…本末転倒だったM・Hさん(山口・徳山高校卒)●不合格大学/東京大学(理科一類)私は誰よりも恵まれた環境にいた。いつも私に声を掛けて奮い立たせ、勉強の指針を常に示してくださった恩師の方々。全員尊敬できる点があり、全員で切磋琢磨した理数科の皆。無茶なお願いにも答えてくれて、時には叱咤していつも支えてくれた家族。他にもたくさんの人に支えられ、それに応えられるように努力をしたつもりだ。不合格という残念な結果となったが、支えてくださった方々からの期待に応えられなかった申し訳無さはあれど、後悔はない。そうはいえども、最初で最後の浪人生活に向けて反省し、改善すべき点は多々ある。まず初めに、健康的な生活習慣だ。朝は軽く、昼は抜くこともあり、夜更けに夕食を食べる食生活や4時間程度の睡眠、コーヒーだけの水分補給などという不摂生は、結局体を壊して勉強時間を潰すことになり、本末転倒である。勉強の量と質、どちらが大切か私には分からないが、今年は適切な食事や睡眠を心がけ、集中力を高めることで、質を疎かにしないつもりだ。次に慢心を無くすことだ。数学が好きな私は3年生を迎えてから他教科ばかりに重点を置いていた。幸いなことに数学の偏差値が落ちることは無く、私は苦手科目を伸ばすことだけに必死となった。結果は数学以外は努力が実り、数学だけ点以上も下回った。難しい話だが、得意科目も苦手科目も全て欠かすことなく勉強をする必要がある。他にもあるが、私の大きな反省点はこれらである。北予備の寮と授業でこれらの改善は確実なので、あとは努力だけだ。逆に今年も継続したいのは感謝だ。自分が1日どれ程人に支えてもらっているか知ろうとすれば、必ず感謝を心に抱くはずだ。それさえ持っていれば、毎日勉強することなんて苦でもない。私も、今まで支えてもらった恩師、仲間、家族とこれから助けてもらう北予備の方々への感謝を忘れず、絶対東大合格を叶える所存である。(原文のまま)―11―

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不合格体験記共テ後の二次試験までの時間の使い方。これを最も後悔したS・Yさん(山口・山口高校卒)●不合格大学/九州大学(医−保健・放射線技術科学)去年不合格になった要因の一つは受験勉強開始の時期が遅かったことだと思う。高校2年生の時は、修学旅行が終わったら受験生になれと言われていて、その時はやる気もあって頑張ろうと思っていた。しかし、部活が3年生の夏前くらいまであって、部活が終わってからにしようと思ってしまった。そして受験勉強は結局夏休みから始めた。同じ部活の人でも受験勉強を早めに始めた人だっているだろうし、そういうところで差がついたのだと思う。そもそもそういう人たちは高校1年生から勉強にも力を入れていたように思う。私は受験勉強しながら、1年生の時から少しずつでもやっておけば良かったと後悔していた。1・2年生の時は定期考査のための勉強をしてしまっていて、積み重ねられてなかったと思う。基礎の抜けがなければ受験勉強も楽に始められたと思う。苦手な単元は多分基礎が固められていなかった。一から勉強し始めて時間が足りるわけなかった。先生方は、赤本は夏休みには一度解くべきだと言っていた。私は基礎ができていないからといって赤本を解くのを後回しにしてしまった。結局冬休みくらいに解き始めて、先生の言うことを聞けば良かったと思った。赤本は大学の傾向を知ることはもちろんだが、基礎の抜け探しをするために使うべきだったと思う。計画性が無かったのだと思う。私が最も後悔しているのは共通テスト後の二次試験までの時間の使い方だ。その1ヵ月で実力の差がつくというのは本当だと思う。共通テストで70点ほど伸びて自己最高点を出し、気持ちが浮わついたのか、共通テストまでの集中が一度途切れてしまった。結局は精神が弱かったのだ。大学受験をなめていたと思う。人生で見ればたった1年なのに頑張り切れなかったことが悔しい。今年は結果がどうであれ、自分が納得いくまで本気で勉強しようと思う。(原文のまま)―12―

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不合格体験記受験そのものを舐めていた。もう同じ過ちは繰り返さない!M・Kさん(山口・下関西高校卒)●不合格大学/静岡大学(情報−情報科学)私は、大学に合格できなかった理由として、たくさんの理由があったことに落ちてから気づくことができました。正直後悔はあるのですが、この浪人1年で絶対決めてやるという強い意志があるので、落ちた原因を繰り返さないようにしていくつもりです。落ちた原因の一つ目は、受験そのものを舐めていたからです。自分は数学が得意であるがゆえに、数学だけで受験は何とかなるものだと思っていました。苦手科目を勉強していても、気づいたら数学関連に逃げていました。そのせいもあって、理系なのに二次試験で理科が無いところや、共通テストで数学以外の配点が少ないような大学しか受けることができませんでした。自分の視野を自分で狭めていたことにようやく気づきました。自分が受けた大学は、共通テストの数学の配点が高く、二次試験は数英の2科目だったけれど、案の定、英語が足を引っ張ったうえ、得意な数学すらギリギリだったため落ちました。だからこの1年は、苦手科目から逃げずに全力を出したいと思います。二つ目は、模試や共通テストに一喜一憂していたからです。模試であまり勉強していない教科でそこそこの点を取ると、やり直しや復習をせずに、調子に乗っていました。共通テストの後も、自己採点で自己ベストを出し、苦手科目でもまぁまぁな点を取ったことで、相当調子に乗り、二次試験対策に取りかかるのが遅れてしまいました。もう調子に乗るのは受かった後だけにしたいです。三つ目は、体調管理がデタラメだったからです。自分は常に体調が悪かったという記憶があります。だから勉強だけでなく、きちんと体調管理して、体力もつけていきたいです。四つ目は、過去問にきちんと手をつけていなかったからです。さすがに過去問をやってないときついなと思いました。これらより、私はもう同じ過ちは繰り返さないと決めました。がんばります。(原文のまま)―13―

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不合格体験記爆食、夜更かし…“あの頃の生活習慣は最低だった”I・Mさん(愛媛・松山南高校卒)●不合格大学/大阪大学(経済−経済・経営)神戸大学(国際人間科学−グローバル文化)私が昨年大阪大学に合格できなかった一番の理由は、自分自身と向き合えなかったからだと思う。それが様々なところに影響を及ぼしてしまった。昨年ほとんど、自宅と高3まで通っていた塾とを往復していた私は、仲間が1人もいなかった。元々友達と話すことが好きな私は、関西の大学に通う友人と電話をすることで気を紛らわせていたのだ。当然眠るのが遅くなり、朝も遅く起きてしまう。勉強事体は10時間以上しており、少しずつ力をつけてはいたが、自分に今何が足りてなくて、いつまでに何をするのかを考えることをしておらず、また、生活習慣も崩れてしまっていた。その結果、ある一定のラインから伸び悩んでしまった。さらに、11月から直前にかけ、伸び悩む点数と向き合うことができなかった私は、食へと逃げてしまっていた。夜疲れて家に帰り、思う存分爆食をし、副交感神経の支配下に陥ったら眠る。そして遅く起きる。当時は、確かに体調は悪いが、昼から夜にかけてしっかり勉強してるから大丈夫という安易な気持ちだった。しかし、今寮で6時半に起き、朝食夕食をとり23時にすぐ眠るという生活をしているからこそ言えるのは、あの頃の生活習慣は最低だったことである。確かに地元の友人と話すのは楽しく、現実を忘れられるが、生活習慣がなっていないと、正直ずっとしんどい状態がつづく。集中して勉強できず、点も伸びない。ストレスからまた爆食する。そんなコンディションでは実力が出ないのも当然だ。しかし今は家族の支えのおかげで寮に入らせてもらうことができ、規則正しい生活が送れている。正直まだまだ不安なことも多いが、しんどかったのは最初の1週間くらいで今はスマホがない夜にも慣れたし、何より体調が良いから昨年より勉強が苦痛だと感じない。両親には感謝しかない。絶対に大阪大学に入って恩返しをする。(原文のまま)―14―

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不合格体験記一番の不合格の要因は勉強の“質”が足りなさすぎたS・Cさん(福岡・小倉高校卒)●不合格大学/長崎大学(薬−薬)私は、小学生の頃から薬剤師になるという夢を叶えるためにずっと薬学部を意識していました。そのために第一志望であった高校に合格してそのまま大学にも合格するんだという風にいつも思い過ごしていました。しかし高校で何となく過ごして薬学部に入れるほど人生は甘くなく、「何とかなるだろう」という甘ったれた気持ちが不合格という結果に繋がってしまったと私は思います。思い返してみればみるほど、あの時あのように行動していれば結果は違ったものになっていたのではないかと思うものばかりでした。私の一番の不合格の要因は、勉強の質が足りなさすぎたことだと思います。現役の頃は自分なりに勉強に没頭できる環境を整えようとスマホを制限したり、毎日のように塾の最終時間まで残って勉強するよう習慣づけました。そのおかげで勉強時間を沢山確保して勉強の量は最適だったかなと思っています。しかし、勉強は量だけでは足りないもので「質」も大切だということを全然気にしていませんでした。だから難しい問題でも多くの時間を解けることに費やし、間違っていても一応解いたという気持ちがあり復習を中途半端にしていました。その結果、見たことがあるのに解けないという問題が沢山積み重なってしまいました。加えて、私は質問しに行くことがあまりなく、それも一つの要因だったのではないかと思います。私の場合、苦手な科目ほど分からない問題が基礎的な問題なのか応用問題なのかも分からなかったため先生には質問せず、友達に質問するだけで終わっていました。そして分からなかったら自分で長い時間をかけて解決するまで調べていました。それこそそのありがたい環境も時間も無駄にしていて今さらもったいないなと感じています。だから、今年は去年の反省もふまえて、今ある環境を最大限に活用しながら量と質にこだわって合格します。(原文のまま)―15―

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不合格体験記分からないことを先生や周りに質問せず自分の中だけで理解しようとしたS・Mさん(福岡・東筑高校卒)●不合格大学/九州大学(共創−共創)私は、現役時の勉強習慣の中で大きく三つの後悔があります。一つ目は、睡眠時間が不規則であったことです。1週間の中で、夜2時に就寝したり、次の日は21時に就寝したりしていて、毎晩の勉強習慣が様々であり、その結果として、自分に合った学習サイクルが定着しませんでした。また、夜遅くまで起きていた次の日は、授業中に眠くなってしまい、集中できていない時が多くありました。なので、夜の生活習慣は合格に深く関係があると考えます。二つ目は基礎が定着していないのに、自分に合っていない難しい教材を使用していたことです。基礎が定着していなければ、いくら難しい問題を解いても、自分の力にならないし、第一解けません。解答をすぐに見て、答えを見て勝手に納得し、その問題の本質を理解したと思い、次は解けると錯覚してしまいます。なので、どんなに遅くなってもまずは基礎を定着させて、定着した後も、日頃から見直すことが大切だと思います。三つ目は、分からないことを分かった気になっていたことです。私は、分からないことを他の人に質問せず、自分の中だけで理解しようとし、分からないことが分かった気になっていたことが多くありました。先生や、自分よりも賢い友人に分からないことを聞くことで、自分がどこでつまずいていたかすぐに分かるし、より理解しやすくなります。自分はこの三つの失敗が主に自分の不合格に繋がった要因になったと思います。受験は、自分のレベルに合った教材で学習し、当たり前のことを常に繰り返していくことが大切だと自分の不合格やその結果に繋がった生活から学びました。浪人生活では、当たり前のことをきちんとこなし、地に足をつけた生活を送っていきます。(原文のまま)―16―

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不合格体験記本格的に勉強を始めたのは高3から。早くから始めるべきだった。T・Yさん(福岡・明治学園高校卒)●不合格大学/久留米大学(医−医)福岡大学(医−医)私が高3の時に勉強したり、浪人して思うことは、もっと早くから勉強を始めるべきだったということです。私が本格的に勉強を始めたのは、高3からでした。高1、高2の時は、考査前の勉強しかしておらず、考査前ではない時は、課題をするだけでした。その結果、高3になって、苦手な数学や化学の基礎が穴だらけで、得意だと思っていた英語も文法ができていない等、高3になって基礎ができていないということに気がつきました。振り返ると、高1、高2の時、ましてや中3の時から、日々の予習、復習を大切にして、自分の弱点や苦手な所を早い段階からなくして、しっかりと基礎固めをしていたらよかったと後悔しています。基礎が固まっていなかったら応用問題を解くことができないし、また苦手な所をそのままにしていると、後々、焦って後悔するということを痛感しました。もう一つは、勉強時間の確保です。私は、高3の時、休日の勉強時間は確保できていたのですが、平日の勉強時間を確保できていませんでした。休日は土日の2日間に対し、平日は5日間あります。平日は、学校帰りで疲れて眠たくなるけど、オンとオフをはっきりさせ、もっと勉強時間を確保するべきだったと後悔しています。最後に、志望する学校や学部学科は早くに決めることです。私は高3の時、最初は国立を目指していましたが、高3の夏に私立だけに進路を変え勉強しました。けれど、今振り返ると国立から私立にすることで勉強する科目が減ったことで変に心に余裕ができてしまい、甘えてしまったと思っています。私は、今後の浪人生活では、高3の時に後悔したことや間違いは二度としないように勉強して頑張っていこうと思います。(原文のまま)―17―

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不合格体験記睡眠時間を削って勉強し、翌日は全く集中できず生産性のない行動だったK・Aさん(福岡・九州国際大付属高校卒)●不合格大学/熊本大学(理−理)山口大学(理−化学)今年の受験をふり返ってみて、僕が反省すべき点は大きく分けて三つほどあると思う。一つ目は、ながら勉強をしていたことだ。学校や塾の自習室や家で勉強している時、僕はしゃべりながらしたり、音楽を聴きながらしたりしていた。ひどい時には、動画を見ながら勉強するということもあった。これでは学習内容にほとんど集中できておらず、何も学んでいないのと同義だ。自分はマルチタスクだと思いこんでいても、実際に今の時間に何を学んだのかと聞かれるとおそらく答えられなかっただろう。勉強している時は、やっていることに完全に集中しなければならないと感じた。二つ目は、何を学習しているのか明確にしないまま勉強した気になっていただけだったことだ。僕は学校終わりに塾に通って夜遅くまで勉強したり、夏休みなどは1日10時間を目標に自習したりしていた。しかし、成績はあまり伸びなかった。これは、勉強した気になっていただけだと考える。いくら時間をとっても内容を理解し、記憶しておかないと何もしていないのと変わりはない。僕は内容を理解し学習することではなく、勉強するという作業を長時間行うことが目的になっていたように感じる。三つ目は睡眠時間が短かったり、昼夜逆転したりしていたことだ。冬から直前期に志望校に届かないと感じた僕は、睡眠時間をけずって勉強した。しかし前にも述べたようにだらだらした勉強で時間だけが過ぎた。さらに翌日は全く集中できない状態だった。朝方に寝て昼にしか起きられないこともあり、全く生産性のない行動だったと思う。このような三つの反省点を踏まえて、来年の受験のために勉強の質を高めようと思う。そして残りの10ヵ月間、量と質を維持し、合格できるよう努力したいと思う。(原文のまま)―18―

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不合格体験記「何で獣医になりたいの?」明白な答えを出すことができなかったY・Tさん(福岡・福岡高校卒)●不合格大学/北里大学(獣医−獣医)酪農学園大学(獣医−獣医)自分が志望校に全落ちした理由、それは間違いなく人生が懸かっているという自覚を持っていなかったことだ。今まで自分が生きてきた中で受験や検定、試験といったものに落ちたことはなく、高校の中でも順位は良くなかったが、大学受験もいつものように上手くいくだろうと思いこんで過ごしてきた。共通テストの2ヵ月前くらいまでダラダラ生活し、1ヵ月を切ってもまだ本腰を入れることができなかった。苦手科目を避け続け、得意な科目にばかり手をつけた。結果、共通テストは思っていた程の点数は取れず自分が受けようと思っていた国公立は諦めるしかなかった。そこから私大一本に切り替えて勉強を始めたが、高校3年間で基礎をサボっていたせいか思うような点数が取れなかった。同じクラスに一緒に獣医学部を目指す友達がいた。その友達と2人で私大の対策を進め、本番を迎えた。本番は思ったより緊張もせず、自分の中では手応えはあった。しかし、迎えた合格発表の日、自分のスマホには「不合格」の3文字があった。私大は5回受験したが、5回とも不合格の通知が届いた。自分は周りの誰よりも早く浪人が決まった。しかし、その時自分とその友達に補欠合格候補者の通知が来た。本当に最後の望みだった。友達は順位が上位の方だったみたいで1巡目で繰り上がり合格した。2月下旬、3月中旬、3月下旬いつまで待っても補欠の通知が自分には来なかった。受かった彼と落ちた自分、何が違っていたのだろうか。ある日、友達に聞かれた。「何で二人は獣医になりたいの?」彼はすぐに答えた。自分は明白な答えを出すことができなかった。この時、自分が落ちる未来が決まったのだと思う。大学受験は甘くないと言えばそれまでだが、自分はもっと根本的なところから見つめ直すべきだと思う。夢を叶えるために、彼に追いつくためにこの1年間は自分の人生を左右する年だと自覚して慢心せず努力しよう。(原文のまま)―19―

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不合格体験記長い勉強時間を確保した事実だけで満足感に浸っていたY・Tさん(福岡・城南高校卒)●不合格大学/筑波大学(芸術)九州大学(芸術工−芸術工・インダストリアルデザイン)私は昨年度、受験したすべての大学に落ちました。学科の試験は共通テストのみであり、二次試験では実技試験の受験をしたのですが、学科、実技共に実力不足であったと思います。不合格に至った原因は本当にたくさんあります。まず、学習面です。3年生になるまで、定期テストの勉強すらおろそかにしてきた私は、塾で長い勉強時間を確保したという事実だけで満足感に浸ってしまいました。そのため、ただ机に向かって参考書と見つめ合い、音楽を聴いては退屈な時間が過ぎるのを待つだけの状況になっていました。どんなに塾に行き、参考書を使い、授業を受けても、学習の内容を理解しようという意識が無ければ点数向上につながりません。次に精神面です。もともと受験を意識し始めるのが遅かった私は、こんな自分には届かないだろうというネガティブな考え方を常にしていました。にも拘わらず、自分の潜在能力には過信するところもあり、判定が上がらなくても、本番にはミラクルを起こせるだろうという根拠のない自信だけは捨てずにいました。また、周囲からの見え方ばかりを気にしていた結果、明確な目標やそこまでの道のりが定まらず、合格に向けて本気になれずにいました。周りに何と言われようと自分のゴールはここであると、自分の中で決める必要があったのではないかと思います。そして私は精神的に非常に幼かったのです。課題や提出物は管理できておらず周りに迷惑をかけ、勉強についても誰かが計画を立ててくれればこなすことができるのにという、わけの分からない言い訳をしてサボっていました。勉強計画は自分で立てれば良いのであり、そもそも主体的に行動しない者は受験で勝つことができないのです。今年は、悩みを抱えて身動きが取れない状態になるのではなく、常に前向きに進んでいくことで、強い人間になりたいと思います。(原文のまま)―20―

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不合格体験記高2の楽しい気分のまま切り替えができずに過ぎていったS・Hさん(福岡・修猷館高校卒)●不合格大学/宮崎大学(医−医)福岡大学(医−医)去年の私は気がついたら受験が目の前という感じだった。高2の楽しい気分のまま高3に上がり気持ちの切り替えができないまま、周りの人達と運動会を楽しみ終わったらもう9月も半分終わっていた。それでも、運動会中も受験を忘れなかった人や1年生の時からコツコツ勉強していた人は受かっていったが、私はそのどちらでもなかったため、時間のなさと成績の低さに今さら焦っていた。焦るとさらに悪循環で何をしても不安で効率が悪くなったり、何も手につかなくなってしまったりした。時間がなく演習が足りなかったことに加え、学習面での反省は、嫌いな科目や分野を後回しにしたことだ。実は基礎からした方がいいのに受験直前だからと過去問を解いて今でも基礎から怪しいところもある。今年は夏までに一から勉強して分からないを一つひとつ潰しておきたい。また、生活面の反省としては、朝起きるのがとても遅かったことだ。朝が遅いと夜も遅くなり悪循環だった。そこを改善するために今年は寮に入ったので7時過ぎには土日も絶対起きるが、もう少し起きる時間を早くしていけたらいいなと思う。去年の反省を活かして、今年は上を向き過ぎないで目の前のことを一つずつ終わらせていこうと思う。受験の問題が今解けないことを考えても焦るだけで解けるようにはならないので、1年の計画を立てて、毎日授業を消化し、予習と復習を必ずやる、これをすることで夏までに苦手をなくしたい。また、試験当日に落ち着けるくらいの勉強量も確保したい。寮生なので、夜と土日の朝は自習をするが、土日の昼も頑張って「サボった」という記憶を残さないようにする。集中して一歩ずつ進んで、気がついたら合格していたというのが理想の1年だと思う。(原文のまま)―21―

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不合格体験記志望校に合格できなかった原因は「分かったつもり」「勉強したつもり」K・Rさん(長崎・佐世保西高校卒)●不合格大学/徳島大学(薬−薬)長崎大学(薬−薬)現役時代はとにかく時間を浪費していたように思います。最後の最後までスマートフォンを手離すことができず、睡眠時間は1日4時間と短くなっていました。十分な睡眠を取れていないことで、集中力も悪くなっていたように感じます。また、睡眠不足による疲労で余裕がなく常にイライラしていました。健康が受験を乗り越える土台となることを何も理解していませんでした。学習面では、毎日勉強時間を設定し、学校の課題と予習にはきちんと取り組んでいましたが、学校の先生方の分かりやすい授業を聞いて分かった気になっていました。私が志望校に合格できなかった一番の原因は、この「分かったつもり」「勉強したつもり」という考えや態度だったと思います。その日の授業を復習し、演習するということができていませんでした。また、睡眠不足によるイライラや、受験に対する不安や焦りから、最も重要な基礎・基本を定着させないまま、計画を立てることなく闇雲に勉強していました。何度も繰り返し復習し演習するのではなく、色々な参考書に手を出し、どれも中途半端になってしまっていました。模擬試験でも弱点を見つめ直すのではなく解けるはずもない応用問題の訂正を行うばかりで何の身になることもない時間をダラダラ続け無駄にしていました。先生方への質問や添削をお願いする機会も少なかったように思います。私の勉強した「つもり」の勉強法では、何度も演習し試行錯誤した後の疑問や質問などは出るはずもありませんでした。怠惰で弱い自分に打ち勝てず、目標としていた大学には到底届かない結果となってしまった自分自身に嫌気が差すと同時にずっと傍で応援し決して安くない受験料を払ってくれた両親に対して本当に申し訳なく思っています。今年の1年で志望校合格の夢を掴み、人としても成長したいと心から思います。(原文のまま)―22―

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不合格体験記復習する習慣がなく解説を読んで、理解した気になっていたM・Mさん(長崎・長崎東高校卒)●不合格大学/長崎大学(医−医)山梨大学(医−医)今回、志望校不合格となり、このように自分の不合格体験記を書くことを大変悔しく思います。高3の秋頃、私は北予備の先生から不合格体験記をいただき、勉強に集中できなくなった時などに読み返して「自分は絶対に合格する」と勉強へのモチベーションを高めていました。その努力の甲斐もむなしく今回、不合格となったことをバネに、志望校合格のために1年間精いっぱい努力することをここに誓います。私は、今回の志望校不合格の原因は主に二つあると考えます。一つ目は復習と演習量の不足です。私は高校に入ってから授業を深く理解するために、必要に応じて予習する習慣はありましたが、復習する習慣が十分ではなく、模試や課題などで間違えた問題についても解説を読んで理解した気になっていました。受験直前期になって過去問や予想問題などを解いてみると、今までに見たことがあるはずなのに自力では解けないという問題が多くあり、これまでの自分には復習が足りていなかったのだと気付きました。解けない問題が多いことで訂正にも時間がかかり、結果的に演習量の不足に繋がったのだと思います。二つ目は現役の時に浪人を意識して受験したことです。私は、今までの模試で自分が満足できる判定を取ったことはありませんでしたが、自分が積み重ねてきた努力を信じて、現役で医学部に合格する気持ちを強く持っていました。しかし、共通テストと大学への出願を終えて出願校の倍率を見た時、私は自分の不合格を確信してしまいました。今思うと、受験が終わる最後の瞬間まで「自分なら合格できる」という気持ちを持っていれば、受験本番でさらに良いパフォーマンスができたかもと思うと悔み切れない気持ちでいっぱいです。これらの反省を次に繋いでいきます。これから北予備で学び、必ず志望校に合格します。この1年で学力だけでなくどれだけ自分が人として成長できるのか楽しみです。(原文のまま)―23―

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不合格体験記私の受験の敗因「基礎固め」「生活リズム」「努力不足」H・Yさん(長崎・長崎西高校卒)●不合格大学/慶應義塾大学(文−人文社会)青山学院大学(総合文化政策−総合文化政策)私が今年の大学入試を突破することができなかった要因を一言で表すと、「受験をなめていた」といえる。私は、受験を軽くみていたのだろう。これから、受験の敗因をいくつか述べていこうと思う。一つ目の敗因は、基礎が固まっていなかったことだ。例えば、英語でいう基礎は単語、文法、解釈であるが、どれも完璧に仕上がったとは言えなかった。長文を読むために必要な要素を固められていなければ、長文を解く時につまずかないわけがない。入試には、理屈を説明できない付け焼き刃の知識は通用しないと痛感した。今年は、何事も理屈を理解し説明できるよう、着実に基礎の地盤を固めていきたい。二つ目は、生活サイクルがままならなかったことだ。前日に寝た時間が翌日のコンディションを左右する。これは言わずとも知れたことだが、私はそれを分かっていながらも実行できていなかった。勉強が長引いて夜遅くに寝ることが多かった。寝る時間が遅いと翌日の身体も重くなることを実感したため、自分に最適な生活リズムを確立しようと思う。三つ目の敗因は、総じて努力不足だったことだ。勉強量、勉強時間は自信に繋がってくれる。現役時の私は思うような勉強量を確保できず、不完全燃焼に終わった。入試本番においても、努力不足がゆえの自信の無さで周りに圧倒され、最大限の力を発揮することができなかった。努力不足で合格できるわけがない。分かってはいたものの、いざ自分の無力さを目の当たりにすると本当に悔しかった。今年は自己分析をするようにして、自分の得意と苦手を常に把握できるようにしておきたい。私は受験を甘くみていた。これを痛感した時の悔しさと志望校への熱意を心に留めてあと1年頑張ろうと思う。(原文のまま)―24―

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不合格体験記復習を後回しにしてしまっていた。復習の大切さに気付いたI・Hさん(長崎・青雲高校卒)●不合格大学/長崎大学(歯−歯)私は今年の大学受験で第一志望校に合格することができなかった。高校生の時から行きたい大学は一つしかなく、第一志望に落ちたら浪人する覚悟でいたが、本当に浪人してしまった。私が合格することができなかった理由は二つあると思う。まず一つ目は、復習の仕方が甘かった、あるいは復習を後回しにしてしまっていたことだ。私は共通テストが近づくにつれてとても焦っていて、多くの量の演習問題を解くことにこだわりすぎていたのだと思う。周りの仲間はもうあんなにこなしているのに自分は…とネガティブになり、とにかくがむしゃらに演習問題を解いていた。そのため、復習が全くできていない科目もあった。やり直しはしたが「もう一度解き直す」ことをしなかったものがほとんどだった。特に化学が酷く、共通テストでも一番悪かったため後悔している。北予備に来てから復習の大切さに気付いた。今は復習をしっかりすることを心がけている。二つ目は、苦手科目を嫌い過ぎたことだ。私は高校生の時から英語にとても苦手意識を持っていた。速読ができないため共通テストも全く時間が足りず、単語や熟語を覚えることも苦手で、日本語力が怪しいため和訳もおかしな日本語になっていた。さらに、英検2級の面接で実は2、3回落ちている。(去年の8月にやっとの思いで合格した)英語から目を背けて好きな数学や化学に逃げていたような気がする。私は浪人してから、英語が嫌い、苦手だと思うことをやめようと思った。そう思いこむことで逃げてしまうからだ。英語は今学んでいるものの中で将来最も役に立つものだし、映画や洋楽で聴きとれた時に楽しい。この1年は逃げずに毎日頑張ろうと思う。私は不合格を知った日、今までの自分の努力は何だったんだと、とても悔しかった。高3の私は全力で頑張っていた。しかし不合格は不合格だ。自分の失敗と向き合い、次は必ず第一志望校に合格する。(原文のまま)―25―

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不合格体験記最大の失敗は冬期に早起きのリズムが乱れたことU・Rさん(熊本・熊本高校卒)●不合格大学/東京大学(文科三類)東京大学を目指すには普通なら高1から見据えて相当勉強しなければならないが、私は高3の4月に京都大学から東京大学に志望を引き上げた。圧倒的に時間的に不利な中、自分でもよく合格ライン近くまでもっていけたと思う。しかし、共通テストまでは勉強を楽しんでおり、良いことと思われる一方、逆に言えば本当にその時点でやるべきこととズレていた気がする。例えば、過去問は体力を削るので、解く必要性を感じつつも避けていたし、暗記は赤シートを用いたアウトプットが適策なのに面倒だからと眺めて覚えようとしていた。これらは精神面での欠陥だが、勉強の予定や復習の計画を明確に立てず、自分の立ち位置が曖昧になっていたのも大きな原因だ。今年は量に拘って闇雲に勉強するのではなく、必要な勉強を洗い出し、長期的な見通しをもって、また逐一修正しながら軌道に乗りたい。具体的には、日単位で各教科の達成目標を定め、週、月単位に細分化して、気分に因らないことで、1日1日を充実させようと思う。気分ということで生活面に着目すると、最大の失敗は冬期に早起きのリズムが乱れたことと、月に数回ほど漫画アプリに夢中になり夜更かしをしたことだ。一度アプリを入れたら、インストールと削除の繰り返しになりそうで、4月以降は絶対に入れないと決めた。また冬だから起きれないと言い訳するのではなく、痛い目をみた反省から6時半起きを年間を通じて実行する。元々整理整頓が苦手だが、計画の遂行や復習の徹底のためにもテキスト、ノート類はいつでも分かる場所にしまいたい。新たな課題としては、北予備から帰ったあと気が緩むので、スマホは22時まで、必ずリスニング、23時半までに寝るの三点を毎日必ず守る。妥協したら合格しないという先輩の言葉がグサっときた。本当にきつい1年になる予感しかしないが、守らなければまた落ちる気がする。(原文のまま)―26―

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不合格体験記3年生になったらギアを上げるつもりが簡単には変えられなかったT・Mさん(熊本・済々黌高校卒)●不合格大学/筑波大学(人間−心理)私が考える不合格になってしまった一番の要因は、自分にとことん甘いところだと思います。高校1年生の時から、高校という不慣れな環境や、朝課外、部活の練習に対する疲れを理由にして、家に帰ったらスマホを触ってゆっくり過ごし、授業の予習や課題などやらなければならないことをやらずに日々を過ごしていました。そのため、最低限の勉強時間も確保できておらず、授業で習った重要事項も日々忘れてしまい、また定期テストや模試の復習もしなかったため、「分からない」「見たことはあるのに思い出せない」ということが日々積もっていきました。正直私はギリギリになったら自分を追い込んで頑張れるタイプだと自分のことを過信していました。3年生に入ったらギアを上げて頑張ろうと思っていましたが、1、2年生で積み上げてきた「分からない」や疲れたらゆっくり過ごすという生活習慣は簡単に変えられるものではありません。この積み上げは日々受験に近づいていく焦りとともに自分の心の大きな不安要素になり、最終的には諦めの気持ちが大きくなってしまいました。今、受験を一度終えて改めて浪人生として受験に向かって過ごしていく中で、習慣の重要性をとても感じています。少しきついと感じることでも後のことを考えて行動し、それを続けることは、日々自分の自信へと変わっていっていると思います。自分への自信と信頼は、受験会場での孤独な戦いには必要不可欠でした。だから、次こそは自分を信じて試験と真っすぐ向きあえるように、この一日一日の過ごし方を考えて頑張っていこうと思います。また、何よりも、私が受験で失敗してももう一度チャンスを与えてくれた親や、応援してくれる家族や友達に感謝の気持ちを常に持って、来年の春にみんなを喜ばせることができるように、その後の人生で諦めなくて良かったと思えるように、1年間一生懸命頑張りたいです。(原文のまま)―27―

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不合格体験記志望校が幾度も変わり、出願が始まるまで定まってなかったN・Sさん(熊本・八代高校卒)●不合格大学/熊本県立大学(文−英語英米文)宮崎公立大学(人文−国際文化)私の前年度の受験を振り返ると、志望校に不合格となった理由は三つあります。初めに、進路について真剣に考えていなかったことです。私は、共通テストが終わり、学校の先生との三者面談を行う日まで、志望校が幾度も変わり、受験校も出願が始まるまで定まっていませんでした。そのため、受験勉強にも身が入らず、やる気もあまり出ませんでした。早い時期に志望校を決めていた私の友達は、はっきりとした目標を持っており、毎日、絶対にここに入る!と、言いながら必死に勉強していたため、合格することができていました。志望校をフラフラせず、早く、真剣に、そして周りと相談しながら決定させることはとても大事だということを学びました。次に、身の回りの様々な誘惑に負け続けていたことです。友達に誘われたら会いに行ったり、スマホを長い時間使用していたりと、受験生とは思えないような生活をしていました。そのため今年は、それらの誘惑を断ち、勉強を自ら行い、一日一日の時間を大切にし、志望校合格という目標を果たすと決心しました。最後に、勉強へ対する意識が低すぎたことです。受験直前まで居眠りをしていたり、分からないことをそのままにしていたり、日々の生活において、とても意識が低かったと思います。分からない、苦手だからと言って、それらの教科を捨て、最少限の教科で受けられる大学を、と逃げてばかりいました。当時の私は、どうにか克服しよう、力にしようと、根気もやる気も見られませんでした。今は、それが一番だめで、前年度の失敗に繋がった理由だと思います。今年度は絶対に、このような失敗はしません。日々目標を掲げ、限られた時間を意味あるものにし、コツコツと積み重ねの勉強を大事にし、夢の大学生活を得られるようにしたいと思います。(原文のまま)―28―

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不合格体験記科目ごとに大きな差があり、総合点に伸び悩んだF・Yさん(熊本・真和高校卒)●不合格大学/九州大学(理−化学)私は前年度、九州大学を受験し、不合格という結果に終わってしまいました。このような結果になってしまった要因や反省点、今年度の目標と学習の進め方について述べようと思います。私が不合格となってしまった要因は主に三つあると思います。まず一つ目に、苦手科目への取り組み方です。私は英語や国語、社会などの文系教科が苦手で、高校3年間、それらの教科の学習から逃げてきました。そのため、いざ受験本番が近づいた時に学習量時間が足りなくなり、共通テストでは思うような結果が出せませんでした。二つ目に、科目ごとの学習時間に大きな差があったことです。一つ目の反省にもあるように、私は苦手科目から逃げていたため、得意科目である化学や物理などの学習時間が増え、科目ごとで学習時間に大きな差ができてしまいました。学習時間は確保していても、そこで科目ごとの偏りがあるので、模試でも科目ごとの差が大きく、総合点が伸び悩みました。三つ目に生活リズムの乱れです。私は平日と休日で起床時間も就寝時間も学習時間も異なっていたため、コンディションが悪く集中が続かないことも多々ありました。これら三つの反省点から、今年は苦手科目は4月の段階から復習を中心に学習を進め、さらに、毎日の学習記録をつけることで、科目ごとの差を少なくしていこうと思います。また、平日も休日も同じ時間に寝て、同じ時間に起き、本番まで、学習中の集中が切れてしまうことがないように努めようと思います。1年間というのは長いようであっという間に過ぎてしまうということを高校生の時に実感しました。一日一日の学習時間を無駄にしないように、計画を立てて学習していきます。(原文のまま)―29―

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不合格体験記インプットばかりしてアウトプットをしていなかったF・Wさん(大分・中津南高校卒)●不合格大学/広島大学(教育−第四類・人間生活系)私の不得意科目は数学です。そのため現役生の頃は数学という科目から逃げてきました。自習をする時も数学以外の科目をしました。その結果、当たり前ですが数学の成績は伸びずさらに数学に対して苦手意識が強まっていきました。また、数学を勉強したとしても公式を覚えたり解答を覚えたりとインプットばかりして、実際に自分の力で最初から最後まで問題を解くというアウトプットをしませんでした。このような状況で入試に挑み、初めて見る問題を解くことはできませんでした。そして、自分の受験する大学の二次試験の配点の高い科目は早い時期から基礎を固めておくことも大切だと感じました。私は共通テストが終わってから二次試験の対策を始めました。その結果、記述力がつかないまま入試を受け不合格となりました。合格するためには計画を立てて着実に進めていくことが重要だと感じました。生活面についても現役生だった1年を振り返ると反省すべきことが多くあります。特にスマホの使い方についてです。勉強する前に少しだけスマホを使うと止められず何時間と経っていたということが多くありました。またスマホの使い過ぎにより寝不足になることもありました。他にもテレビを見たり現実逃避をしてしまいました。今年は誘惑に負けず勉強に取り組んでいくしかないと思っています。次に勉強を行う態度について振り返ると、学校の自習の時間、他の生徒の様子が気になって自分の勉強に集中していないということがありました。というのも、自分は集中力が短く勉強をする時と休憩時間のメリハリがなかったからです。せっかく勉強をするのなら同じ時間でも多くのことを学び吸収すべきなのに、ダラダラと勉強をしてしまいました。効率の良い勉強をすべきだったのに時間を大切にできませんでした。今年度は去年の反省を活かして悔いの残らないように勉強に向き合っていきたいです。(原文のまま)―30―

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不合格体験記共通テストの存在を軽く考え、対策の遅れが敗因となったS・Hさん(大分・大分上野丘高校卒)●不合格大学/北海道大学(総合入試理系−総合科学選抜群)私がどうして今年度志望大学へ行くことができなかったのかということを自分なりに原因を自己分析をしてみた。一つ目は、共通テスト対策の遅れだ。私は当時共通テストの存在を軽く考えていた。どうせ二次がある。二次で挽回できれば良いのだから、共通テストでしか使わない国語や社会は適当にやっておけば良いという甘い考えを持っていた。二次で挽回できる学力を持ち合わせていないにも拘わらずだ。共通テスト模試を受けてみると数学、物理といった二次で利用する科目ですら点が取れず、とりわけ苦手意識のあった社会では26点を取った。11月から学校で始まった共通テスト対策など間に合うはずもなく、共通テスト本番では目標点数の150点下を取ってしまう結果になった。11月から対策を始めて目標点数を本番で取ったという友人もいた。しかしそれは彼がそこに至るまでに基礎知識を固めきるという努力を欠かさなかったからである。このことを心に刻んでもう一度、知識に漏れは無いかを早い時期から再確認していくことを徹底する。二つ目はオーソドックスではあるがスマホとの付き合い方が悪かったことだ。私はスマホを手に入れると、すぐにYouTubeを見たり、会話アプリで友人と長時間連絡を繋いだり、別の作業をする時に何か音楽を聴きながらじゃないと寂しくなってできなかったりといわゆるスマホ依存症になっていた。スマホを長時間見ると頭が痛くなり、受験生は自然と勉強机に戻るということを耳にしたのだが、私は(学力の低さゆえに半ば諦めかけていたからだろうか)その理論が通用せず、壊れた機械のように、何も考えずにスマホを見ていた。自分を律する力をこの1年で必ず手に入れ、入試で活かしていきたい。振り返ると改めて自分の情けなさ、意志の弱さを痛感した。見守ってくれる人へ感謝を忘れず、来春は笑って第一志望大学へ通いたい。(原文のまま)―31―

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不合格体験記圧倒的な勉強量の不足、集中力の無さ、数々の失態が情けないN・Yさん(大分・大分雄城台高校卒)●不合格大学/大分大学(理工−理工・機械工学プログラム)私がこの春に合格にたどりつけなかった原因を紹介しようと思う。私は市内の高校に上位で入学した。その頃は何もかも上手くいき勉強時間もしっかりとっていた。本来ならば「第一志望の大学に合格することができました」と書くもの年前の自分は先輩の合格体験記を読みながら思っていた。しかし今自分が書いているのは他でもなく「不合格体験記」だ。私がこの結果に至った最大の原因は「まぁ俺も本気だせばできるし」という根拠のない謎の自信だ。学校生活を送る中で部活動や友達との遊び、スマホなどに充てる時間が増えてきた。1年の頃気合いの入っていた勉強時間はスマホ時間に変わり、定期テストでもクラス順位は安定の最下位だった。塾の自習室に行くにしても、目標もなく部活後の睡魔に襲われてただただ時間だけが過ぎていった。当時の私はこの生活を部活帰りに自習室に寄って偉いと履き違えていることにも気付かず、受験勉強を本気で始めだした周りを見て「俺はまだ大丈夫」といった根拠のない自信を持ち続けていた。高3になっても、夏休み、文化祭と過ぎていき気付けば9月。私はその時気付いた。もう間に合わないということに。もちろん模試の判定は全てEであり、まだ努力もしてないのに勝手に諦めていた。悔しさにも慣れ、圧倒的な勉強量不足、集中力の無さ、スマホといった数々の失態がある自分を今、不合格体験記という形で客観視すると情けなく、恥ずかしくてたまらない。そんな私を1年間限定で浪人させてくれた両親には感謝という言葉では表しきれないほど感謝している。自分で決めた年は自分に負けず、何よりも家族への感謝を忘れずに努力していく。来春には合格体験記を書けるように、全力で走り続ける。気持ちだけは絶対に誰にも負けたくない。常に前向きに、そして必死に、もらったチャンスを必ず自分のものにしてみせる。待ってろ合格。(原文のまま)―32―

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不合格体験記暗記科目も一年あれば覚えられるだろうと謎の余裕があったS・Sさん(宮崎・宮崎大宮高校卒)●不合格大学/大阪大学(法−法)「本当は、どこの大学に行きたいの?」という両親から何度も聞かれた質問に明確な答えが出せないまま、現役時代の受験生活は終わってしまった。私は3年間、「〇〇大志望」と表向きには言っていたものの、心の中では浪人だけは絶対したくないから、最後に志望校を下げて合格しようと考えていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。大学受験は高校受験のように、少し勉強を頑張れば合格できるようなものではない。頭では理解していたものの、特に行きたい大学が定まっていない私は、目標を見失って、本気で受験勉強に取り組んでいたとは嘘でも言うことができなかった。高校からの帰宅後は、とりあえず机に向かってはみるものの、すぐ集中が途切れたり、居眠りばかりしていた。夜遅くなって焦って宿題に手をつけ始めるようなことが受験生になってからもあった。今、このようにして振り返ってみると私が不合格になるのは当たり前なのだと改めて思う。敗因は他にもある。それは苦手教科から逃げ続けていたことだ。私は理系教科が特に苦手だった。数学は二次でも必要な大事な科目であったのに、今しなくても間に合うだろうなどと言って後回しにし続けていたら、もう共通テスト直前だった。理科や社会の暗記も1年あれば完璧に覚えられるだろうという謎の余裕があったのだが、付け焼き刃の知識では共通テストに太刀打ちできなかった。現役時代の私は受験をあまりにも軽く見ていた。自分で大学の情報を調べ、第一志望の大学を定め、苦手教科克服のために死ぬ気で勉強をするべきだった。こんなに不真面目な私のことを「〇〇さんはいつも頑張っているよ」と応援し続けてくれた大好きな世界史の先生にもとても申し訳ない。ありがたいことに再挑戦するチャンスを与えられたのだから、現役時代のすべての愚行を反省し、圧倒的な努力をして、第一志望に合格することをここに誓う。後悔のない1年にする。(原文のまま)―33―

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不合格体験記本番で頭が真っ白になり、ことごとく失敗した。気持ちの弱さだ。F・Sさん(宮崎・宮崎西高校卒)●不合格大学/自治医科大学(医−医)筑波大学(総合選抜理系Ⅱ)「受験はそれほど甘くないよ」1年前の自分にかけたい言葉である。私は正直、受験をなめていたと思う。学校での成績もそこそこ良かったし、適当にこのままやっていけば、合格し浪人しないだろうと思っていた。しかし、不合格に終わりこの「不合格体験記」を書いている。どこに原因があったか振り返ると、たくさん考えられるが、主な原因三つを細かく分析しようと思う。一つ目は、気持ちの弱さだ。「模試は本番のように本番は練習のように」とよく言われるが、1回1回の模試に適当に臨み緊張感を味わうことなく本番を迎えた。その結果本番でとても緊張したし、想定外の難化に本当に焦って挽回しようと考え頭が真っ白になった。ことごとく得意科目も失敗し、点数を伸ばすことができなかった。今年は、模試でも本番と同じように目標点などをしっかり定め、同じように緊張感を持って受けていこうと思う。二つ目は、苦手科目があったことだ。1、2年生の時に国語や日本史をまともに勉強してこなかったため直前での詰め込みが必要であった。今考えると間に合うはずがない。本当に大学受験をなめていたことを反省している。三つ目は、復習がおろそかであったことだ。数をこなそうとして、一つずつ丁寧に復習をしていなかった。量は多かったものの、身についた問題は少なく、見たことはあるが解けないもどかしさを感じる問題が増えていった。北予備の黄金サイクルに沿って勉強することが大切であると身を持って実感したため、絶対にこの1年間実行し続けようと思う。自分のこれらの失態を二度と繰り返すことのないように、北予備のやり方に従って昨年度のリベンジができるように頑張りたい。応援してくれている人と自分が来春を笑顔で迎えられるように、今は勉強に集中します。(原文のまま)―34―

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不合格体験記大学で何を学び、将来何がしたいか目標を見つけられなかった。K・Eさん(宮崎・都城泉ヶ丘高校卒)●不合格大学/鹿児島大学(工−先進工・化学工学プログラム)宮崎大学(工−工)北予備での浪人生活を始めるにあたって、現役時代の自分を振り返ってみると反省する点がいくつか出てきたのでまとめていこうと思う。一つ目に出てくるのはやはりスマホとの付き合い方だろう。夜遅くまでSNSやゲームをして、授業中も眠くて内容が入ってこないことも多かった。当然、成績は下がっていくばかりで焦る気持ちはあったものの、長い間そのような生活を続けていたため、改善することはできなかった。二つ目は、苦手な教科を放置してしまったことだ。私は一応理系なのだが、数学がとても苦手で共通テストでは人には言えないような点数を取ってしまった。高1の時点で何となく苦手かもしれないと感じたのに、どうにかなるだろうと考えてそのまま受験を迎えてしまった。三つ目は自分のレベルを把握できていなかったこととネットの情報を真に受けてしまったことだ。インターネットを見ると、この大学は凄い、そうでもない等というような意見を言っている人達が一定数いて、それに流された私は志望校の欄に難しい大学の名前を書いていたのだが、全くそのレベルには届いていなくて、理想と現実の差にとても苦しめられた。さらに最後までその考えはなくならず、共通テストが終わって出願する大学のレベルを下げた後も、その大学の対策をすることはなく、浪人することを考えていた。最後に、自分がこの文章を書くことになった最大の理由は早い段階でどの大学でどんなことを学び、そして将来何をしたいか、という自分の目標を見つけられなかったことだ。目標があればそれに向けて、何が必要か、何が足りていないか、と目標から逆算して計画を立てることができるので、私のようにスマホ漬け、苦手を放置、周りに流されるといったことはないだろう。過去の自分の行いを反省するとともにこんな私に最後のチャンスを与えてくれた両親に感謝し1年間頑張りたい。(原文のまま)―35―

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不合格体験記計画を立てるのが苦手だった。圧倒的演習不足に陥った。S・Hさん(鹿児島・鶴丸高校卒)●不合格大学/鹿児島大学(医−医)九州大学(工−Ⅲ群)今年の受験勉強において自分が甘かったなと思っていることはたくさんある。まず一つ目は、生活リズムの不規則さだ。平日は24時を過ぎても寝ないことが多く、その結果、次の日の朝、授業や自習で眠くなってしまう。その上、夜遅くまで起きているとはいえ、やっている内容はあまり頭に入ってきていなかった。休日は、平日に寝ていない分、意識して起きようと思っても昼頃まで寝てしまう。そのことに罪悪感を感じ、勉強のやる気も下がる。このような負のスパイラルに陥っていたと思う。しっかりとした勉強は実はあまりできておらず、ただ時間だけが過ぎ、時折、体調を崩すこともあったため、大きな無駄だったなと今改めて思う。二つ目は、スキマ時間を無駄にしていたことだ。スキマ時間というと、バスの時間や病院での待ち時間などである。その時間で、僕はスマホで動画やゲームなどをしており、そこを単語帳を見ることやリスニングをすることに変えておけば良かったのにと思う。動画などでは休まった気はしても目は疲れるのでその後の勉強に支障が出た。休むのであればしっかり時間とタイミングを考えておきたいと思う。三つ目は、圧倒的な演習不足である。自分が今日何をしたのか、どれだけしたのか、できるようになったことは何か、それらのことを明確にせず、ただ時間が過ぎれば、やった気になっていた。自分のできた量を基に計画を立てれば演習不足にはなっていなかったと言える。計画を立てるのが苦手だと言って、自分が何をどれだけすればいいのか明確にせず、そのまま突き進み、ただやればいい、の勉強になっていた。その勉強では何も身についておらず、受験結果は最悪なものであった。自分の志望する大学に対し、どれだけのものが必要で、そのために何をどれだけしなければいけないのか明確にしなければならないと思う。(原文のまま)―36―

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不合格体験記高1、2年生の頃に学習習慣が身についていなかったS・Nさん(鹿児島・鶴丸高校卒)●不合格大学/九州大学(法)私が昨年度志望校に合格できなかった原因は大きく分けて二つあります。一つ目は、1、2年生の頃に学習習慣があまり身についていなかったことです。学校から課された予習や宿題を可もなく不可もなくただ漠然とこなしていました。また定期考査などでも今振り返って考えてみると、平均点を超えればいいやと妥協した気持ちで取り組んでいたように思えます。プラスにすることは考えずにマイナスにならないようにとだけ考えていたため、全教科を本気で学習することはなく、その中途半端な学習の積み重ねが現在の自身の中途半端な学力に反映されていると思います。もちろん、受験期には切り詰めて勉強しましたが当然間に合わずに小手先だけの技術を身につけてしまいました。二つ目は、圧倒的数学弱者ということです。数学ができないことは高校1年生の頃から自覚していました。その上で必要最低限しか勉強しませんでした。しかし、文系だったことも関係したのか、数学ができない私でも常に真ん中のクラスでした。このことに油断して、数学ができなくても他の教科で補えばいいと安直で楽観的な結論にたどりつきました。国語、世界史、理科基礎は比較的良かったのですが、それらで致命的な数学を補うのは簡単ではありませんでした。それに加えて二次試験で主に重要になってくるのは国語、英語、数学です。数学に重点を置かず基礎を不確立なままで放置したのは受験失敗の最大の敗因だと思います。以上の二つの原因から今年私が行うべきことは、基礎を確立し、それを応用に繋げる過程を大切にするということです。基礎ができないのは論外ですが、基礎だけができても不十分だと思います。よく基礎を大切にと言いますが、私に必要なのは確立した基礎から応用へとつなげる過程だと思います。今年こそは膨大な演習量を基に安定した力を得たいです。(原文のまま)―37―

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不合格体験記過去問演習も12月から始めて完全に出遅れ、残念な結果となったN・Sさん(鹿児島・ラ・サール高校卒)●不合格大学/東京大学(文科二類)慶應義塾大学(商−商)僕は中学受験で沖縄から鹿児島の寮へと移りました。親の目の届かない寮生活は初めての経験で、友達と自由に過ごしました。しかしその環境下で僕は目標を設定し努力する事ができませんでした。寮での3時間の自習も集中できず、休日はイオンやラウワンで遊んでいたため、当然学校の成績は中学3年間ずっと最低ランクのEでした。ギリギリ高校に進学できた僕はコロナ禍での多くの制限のストレスで勉強から目をそむけ、漫画等の娯楽へ逃げ出し、遂に高1の実力テストでは下位、数学の朝テストで0点を連続で取っていました。受験について考え始めたのは、文理選択後の高2の1学期でした。文系を選んだ僕は、塾の先生のすすめやクラスメイトの大部分が受験する事から東京大学を目指し始めました。しかし、それまでの積み重ねの差からクラスメイトに追いつく事はなかなか難しく、学校のテスト勉強と部活の両立もうまくいかないまま高3になってしまいました。高3は下宿という名の自由な環境へと移り、僕は生活リズムのコントロールに苦労しました。部活で疲れ19時に寝たり、友達と話して遅くまで起きていたり、徹夜したりしていました。学習面では、定期テストとは別に行われる週テストの学習を中心に対策し、文系で平均を取れるようになり、模試も九大等でA判定を取りました。しかし、苦手科目であった数学と英語を最後まで克服する事ができず、得意な国語や社会ばかりやっていました。また過去問も12月から始め、完全に出遅れていました。結局共通テストも8割くらいしか取れず残念な結果となってしまいました。今回の失敗を通して、苦手科目を放置せずいち早く克服する事、規則正しい生活リズムを維持する事、そして過去問演習とフィードバックに十分に時間を取る事の大切さに気づきました。これらの気づきを忘れずに1年間努力し、必ず合格します!!(原文のまま)―38―

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不合格体験記理科の苦手意識を克服できずに本番を迎えた。現実から逃げたくなった。S・Aさん(鹿児島・志學館高等部卒)●不合格大学/鹿児島大学(医−医)産業医科大学(医−医)私は幼い頃から医師を目指しており、医学部を受験しました。今年不合格になってしまった原因は自分に対する甘えだと思っています。私は理科に対する苦手意識があり、思うように模試の成績を上げることができませんでした。参考書や問題集を一通りやっても、なかなか成績は伸びず、結局苦手意識を克服できずに入試本番を迎えてしまいました。そんな自分に焦りを感じ、時には現実から逃げたくなる気持ちになってしまいました。この1年基礎からやり直し、自分の勉強法を見直そうと思います。大学入学共通テストの1週間後に感染症に罹ってしまい、第一志望校の前期試験前だというのに体調を整えるのに時間がかかってしまい、自分が思うように勉強することができなくなってしまいました。自分が寝込んでいる間にライバルたちはもっと勉強していると考えるたびに焦りを感じ、何とかなるという甘い考えをもっていました。私は結局のところ大学受験に対して向き合えていなかったのだと思います。どれほどの人が自分のために手を尽くしてくれ、自分が受験することでどれほどの負担や心配をかけていたのかを理解できていませんでした。今年の大学受験の失敗は、精神面では自分に対する甘えや問題を先延ばしにしてしまっていたこと、勉強面では基礎分野の演習不足が原因だと思います。自分には何が本当に足りていなかったのか、どのように勉強すればよいのかを見つめ直していきたいと思います。こんな自分にもう一度チャンスをくれた両親には感謝と申し訳なさでいっぱいで、来年の春は笑って迎えられるように、この1年本気で勉強をしていこうと思います。また、口だけの人間にならないよう自分に厳しく過ごし、必ず合格を手にしたいと考えています。(原文のまま)―39―

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不合格体験記自分を客観的に見れていなかった。徹底的な自己分析が必要。H・Yさん(沖縄・球陽高校卒)●不合格大学/奈良女子大学(工−工)関西大学(総合情報−総合情報)私が志望校に合格できなかった原因は、主に三つあると思います。一つ目は、間違えた問題や分からなかった問題などを徹底的に復習しなかったことです。模試や学校の定期テストで間違えた問題などを解き直したり、ちゃんと理解ができていない問題は、周りの友人や先生方に質問したりして、一通り復習していました。その時はちゃんと理解したつもりでも、少し時間を置くとまた分からなくなって、その時に復習せずにいたので、次に似たような問題を解いてもできず、また復習するという悪循環になってしまい、他のやりたいことができないということにも繋がってしまいました。二つ目は、苦手な分野を後回しにしていたことです。私は化学が苦手で、模試でも全然点数が上がらずにいました。にも拘わらず、自分で予習したり復習することをあまりしていませんでした。模試の復習も解答・解説を確認するだけで、全然真面目に取り組んでいませんでした。その結果、どこが分からないのか、何が理解できていないのかさえ分からないという状況になっていました。三つ目は、基礎固めができずに演習問題に取り組んでいたことです。どの教科でも基礎的な問題は大事だと理解していたつもりでも心の中では「自分は大丈夫」と言い聞かせ、基礎的な問題より演習問題を重視してしまっていたと思います。全体を通して言えることは、自分を客観的に見れていなかったことだと思います。自分は何が苦手なのか、どこができていないのか、もっと徹底的な自己分析が必要だったと思います。(原文のまま)―40―

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不合格体験記「あの時サボらずに勉強すればよかった」U・Oさん(沖縄・昭和薬科大附属高校卒)●不合格大学/広島大学(医−医)琉球大学(医−医)私は前年度、医学部を受験しましたが不合格だったので、私が思うその不合格の原因を書いていきます。まず初めに、私は高1の時に塾に通うことにしましたが、その塾では数学のみをひたすら勉強したので、他の教科を勉強する時間がほぼありませんでした。特に、苦手な国語や社会では定期テストで平均点以下を取るほど勉強しませんでした。そのせいで苦手な科目を避けるようになってしまい、共通テストの得点が合格点に届かない、ということになってしまいました。受験は合計得点勝負なので、医学部受験で苦手科目を克服しなかったのがまず一つ目の原因です。次に、二つ目の原因は、学校の授業で予習が必要でもやらないことの方が多かったことです。高2になると、学校の授業でも理系科目は演習が中心になってくるので、予習をしなければ授業を受ける意味がなくなってしまいますが、私はほとんど予習せずに授業に出ていました。そのような悪い習慣をつけてしまうとそれを直すことができず、高3になってもそれを続けてしまいました。そこで怠ける癖を自分でつけてしまったので、宿題も友達に見せてもらうことが多くなってしまいました。最後に、高3になってからは周囲が受験を意識しはじめ、勉強に本気で取り組むようになってからは、学力の面で追いつけなくなってしまい、試験中に自信をもって解答できなかったことが三つ目の原因だと感じます。試験中は誰でも緊張しますが、それまでしっかり勉強してきていない私は自信がもてず、解くスピードが遅くなったりミスを続けたりしました。特に暗記の部分では直前のつめこみの甘さもあり、一度覚えたことを忘れることが多かったです。その時に「あの時サボらずに勉強すればよかった」と感じました。他にも挙げればキリがありませんが、これが私が前年度不合格だった原因です。(原文のまま)―41―

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